八重歯

並んで歩く。
暑い。とてつもなく、暑い。太陽光線が私を攻撃する。
あいつは、日の当たらない方を歩いている。何だか、ムカムカする。
「ちょっと、普通男がこっちに来るべきでしょ」
あいつの腕を無理やり引っ張り、直射日光が当たるようにする。ムカつく程長いあいつのまつげが、光に透けた。
「え、あ…ご、ごめん」
小さく俯くあいつを見て、思った。頼りない。本当に、こいつは頼りない。男のくせに。
そもそも、男女二人で歩いてて、片方だけが―しかも男がアイスクリームを舐めてるなんて光景、馬鹿げてる。
あいつは本当にデリカシーが無い。馬よりも、無い。
例えば、レンタルビデオ屋に行くと、普通にアダルトビデオコーナーに行ってしまう。私も居るのに。
あいつは、そんな奴だ。
幼馴染みでなければ、私はこんなところに居ないと思う。
あいつの家は母子家庭で、お母さんが一日中働いて家計を支えている。
そんなお隣りさんを見て、母はおせっかいにもあいつを度々家に呼んでは食事を与えていた。
今ではそれが当たり前になり、あいつの居る食卓が常識になってしまった。
憂えることはそれだけではない、私には週一回、あいつの家の掃除をすることが義務付けられている。
全てあいつが悪い。掃除くらい、自分でやれ。そう言うと、あいつは尖った八重歯を見せてはにかむのだった。
ムカつく、ムカつく、ムカつく。でも、あいつの家に行ってきちんと掃除をしている自分も、ムカつく。
突然、あいつが立ち止まった。振り替えると、溶けたアイスクリームで手を汚したあいつが立っていた。
「何やってんのよ、もう」
私は駆け寄って、ポケットに忍ばせておいたティッシュを差し出す。
「ありがとう」
あいつはやっぱり、はにかんだ。
ムカついたから、あいつの手から溶けてどろどろになったアイスクリームを奪った。
あいつが、あ、と声を漏らした。ムカついたので、アイスクリームを地面に落とした。
あいつが食べるより、蟻が食べた方がアイスクリームも喜ぶだろう。
あいつは無言で、地面に落ちたアイスクリームを見つめていた。

手を拭こうと思い、あいつの手にあるはずのティッシュを見た。ティッシュは無くなり、ビニールだけになっていた。
私は舌打ちして、仕方がないから、指を舐めた。
あいつが、恥ずかしそうにこちらを見ていた。
目が会うと、顔を赤くしてうつむいた。
あいつが何を考えているかぐらい、わかる。
「エロ」
一言だけそう言って、先を歩いた。後からあいつが駈けてくるのが分かった。

少し歩くと、あいつが立ち止まった。
「いい加減にしてよ」
振り替えると、時計屋のディスプレイを覗くあいつが居た。時計なんて、あいつに似合わないし、そぐわない。
あいつが、一人で店の中に入っていく。ディスプレイの方を指差し、何やら説明している。
いったん店員が奥に消えて、すぐ箱を持って戻ってきた。あいつは納得したのか、会計を済ませている。
おばあちゃんの形見の時計しか身に付けないはずではなかったのだろうか。
自動ドアが開いて、あいつがやってきた。何やら嬉しそうに、こちらへ駆けてくる。
「はい」
何だろうと思ったら、今買ったばかりの物を渡された。
「何、これ」
「前欲しいって言ってたじゃん」
箱を開けると、そこには女モノの時計が入っていた。確か一万以上したはずだ。
「こんな高いの、どうやって」
「実は、オレ、内緒でお金溜めてたんだよ。」
あいつは、やっぱり、八重歯を見せて笑った。
ムカつく。ムカつく。ムカつく。
心の中が、沸騰している。
私はきっと、ムカついている。
あいつの八重歯が鋭いこととか、睫が長いこととか、私でも覚えていないような言葉を覚えていること、全部ムカつく。心がざわざわと音を立てる。
私はきっとムカついている。
ムカつくから、あいつのほっぺたをつねった。
「痛っ」
顔をしかめるあいつに、私は言う。
「バカ」
すると、あいつは照れくさそうにはにかんだ。
ムカつく。





これも二年前位に製作したものです。
私はこれを「ほのぼの」だと感じるのですが、
人によって違うようです。

06/02/27




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